アラカルト

タイムスリップ

父が他界しました。

先日、父親が他界しました。

今日は私の勝手な独り言話になりますが、どうぞお付き合いください。

遺品の中から…。

「遺影」用の写真をどれにするか決めなければいけなくて写真を探し始めました。

父が亡くなってまだ1時間も経っていません。

でも、ドラマのように泣き崩れたり、空っぽになっている暇がまったくありません。

遺影の写真を探している時に、本棚のなかに手紙の束がありました。

その束の一番上の紙には「ようこからの手紙」と書かれていました。

その束は「17歳のようこ」が父に宛てて書いたいくつかの手紙でした。

その筆跡は今とさほど変わりなく、ちょっと笑ってしまいました。

マヤ暦の「再確認」の周期。

葬儀が終わって父親が小さくなって帰って来た日、私は母親に許可を得てこの手紙を持ち帰りました。

一晩、そのまま放置しましたが、なんとなく気になって手に取っては置き、手に取っては置きをくり返していましたが思い切ってその手紙の束をひらいてみました。

その手紙は昔父親が入院をした時に毎日世話をしに行っていた母親にお願いして持って行ってもらっていた手紙でした。

入院している間、ほぼ毎日書いていたようです。

記憶をたどっていくと、父親が入院したことは覚えていますが自分が手紙を送っていたこと、その手紙と一緒に入院中のひまつぶしにと小説を送っていたことは覚えていません。

昔からちょっと変わっていて手間がかかる子供だった私ですが、本当に親からしたら困った娘だったんだなぁとしみじみ感じる手紙でした。

部活の出来事、将来の夢、好きな歴史上の人物…。

何十年かぶりにその頃に自分が何を思い、何を悩み、何を感じていたのかを知り、そんなことを父親に話していたことが意外でした。

このブログのプロフィールにも少し書きましたが、私は人が見えないものが見え、聞こえないことが聞こえる変わった子供でした。

誰もがそのように見えたり聞こえたりしているものだと思って人に話して変な子だと思われたりしました。

魔女の母親はそのことをとても気にして人前でそういう事を言う事を禁止し、全て気のせいだと否定しました。

逆に父親には全くそういう感じる能力がなく、霊感がなかったために不思議な話をしても否定されることがなかった分、気を使わずに話をすることができていたのかもしれません。

ただ単に聞いていなかったのかもしれませんが…。

思春期になってあまり接する時間がなくなった分、この機会に手紙でさまざまな事を伝えていたのかもしれません。

17歳のようこは、将来なりたいものがたくさんあって夢でいっぱいでした。

周りの子はみんな将来の夢をちゃんと持っていて看護師や保育士や美容師などそれぞれの道に進む準備をしていたのに、私はあれもこれもとよくばりでした。

それは今でも変わらないんだなぁとつい、笑ってしまいました。

読んでいた父親はきっと困っていた事でしょう。

そして、17歳のようこはこう言っていました。

「私は、大人になっても子供の心を忘れない大人になりたい」
と。

そっか、そんな事考えて願っていたんだね。

すっかり忘れていました。

父親に宛てた手紙なのに、戻ってきた私の手紙。

宛先不明で戻って来たかのようでした。

これは、父親が私に宛ててくれた最後のメッセージだったのかもしれません。

マヤ暦ではこの時「再確認」の周期です。

父親が望んだような娘に育っていないかもしれないけれど、17歳のようこが望んでいた私に近づいているのかもしれません。

「再確認」の周期にはこういう不思議なことが起こるのです。

 

胸が苦しくなりました。

意見が合わなくて、門限を決められて束縛されて来たと思っていたけれど、手紙を大切にしまっておいてくれた。

愛されていたこと、可愛がられていたこと、なぜこんなに今感じるのだろう。

最期、何を話したかったのだろう。

よく考えてみたら、お父さんって人物の事何も知らなかったんだなぁと。

自分は、もう大人だから、親が亡くなっても動揺することはないだろうと思っていたけれど、この気持ちはどう説明すれば良いのだろう。

そして、何故かあんなに霊感があったのに、父親の霊の存在を感じられない。

どこにいるのか分からない。

この気持ちをどこにどう持っていけば良いのかわからずに、ちょっと私の心はさまよいました。

自分が悲しいのか、辛いのか、よく理解できない気持ちでした。

最期何を食べたかったのだろう?そんなことすら聞くこともなく逝ってしまった父親。

とても胸が苦しくなりました。

 

父親が会いに来た。

亡くなって1週間が経った頃のことでした。

子供達と散歩をしている時のことです。

タバコの匂いが近くを歩いています。

私は、喘息持ちなのでタバコの匂いに敏感で吸っている人のそばには極力行かないようにしています。

でも、タバコの匂いがずっとそばにいます。

少し小走りにその場を離れました。

でも、タバコの匂いはついて来ます。

振り返ってみても誰もいません。

お父さん?

姿は見えないけれど、存在は感じる父親に私は歩きながら話しかけました。

どこ行っていたの?

ーどこも行ってないよ。

タバコくさいよ!

ー吸ってないよ〜。

散歩してる?

ーしてるよ。

(と、一緒に先に虹の橋を渡った愛犬のセナを連れていました)

そっか。

お葬式の時はバタバタしていて気付かなかったけれど、お父さんタバコ吸いたかったんだね。

最後に食べたかったものって、タバコ。

ってタバコは食べ物じゃないでしょ?

ってつっこんでみたけれど、その時には消えていました。

でも、父親が吸っていたタバコの銘柄が思い出せません。

記憶をたどって、一生懸命考えました。

そして、

思い出した途端に涙がこぼれました。

どうして、思い出せなかったのかな。

どうして、思い出したのかな。

今度帰る時は、お土産にタバコ持っていくね。

父親が笑った気がしました。

大切な人、家族を失って自分を見失ってしまったり、これからをどう生きていくか道に迷ってしまうこともあるかもしれません。

でも、肉体を失っても、その人の魂はいつもそばにいてくれて見守ってくれる存在になります。

そのことは、またの機会にお話させていただきます。

長文を最後までお付き合いくださってありがとうございました。