手相

手相のお話~ある現代の偉人の手相から~

偉人の手

ある方の手相を拝見させて頂きました。

 

本当に凄い人物です。

 

普通だったらお目に掛かる事も、ましてや手相を拝見させて頂くのも出来ないのですが、マニアで図々しい私はついついその方の手相が見てみたくなって、挨拶もそこそこに、気付いたら、

 

「手相を拝見させて下さい!」

 

とお願いしていました。

 

その方は笑って私の前に座って、

 

「手相が見れるの?どっちの手?」と私に手を差し出して下さいました。

 

「両方です!」

 

と、私はその方の温かい手をそっと開きました。

 

本当に凄い方の手相は、「いかにも金持ちです!」「いかに偉業を遂げました!」と言う手相をしていると思われがちですが意外と普通っぽい手相をしています。

 

それは、自分の事を凄い人物だと思っていないから。

 

自分のやっている事を、

 

「どうだ?凄いだろう?」と偉ぶっていないから。

 

本当に凄い方は迷いが無く謙虚で優しい手をしています。

 

その笑顔と同じ様に人情味のある分厚い手をしていました。

 

そして、自分の事よりも人の為に動いている手をしています。

 

手は正直だから、その方が口で語らなくてもたとえ嘘を言ったとしても全て正直に語ります。

 

身体は弱くて、ちょっと人見知りさんで、本当は家でゆっくりしたいとおっしゃていたのは本音だと思います。

 

最後に握手をして頂きましたが、優しい握手でした。

 

手相鑑定は線だけではない!

手相は、手のひらに刻まれた線だけを見るのではありません。

 

その方の手の差し出し方も手の大きさや厚みもそして握手の仕方も全てが手相です。

 

「何も分からないけれど。」

 

とその方はそう言って笑って私の手のひらを覗き込んで来ました。

 

私は、ちょっと変わった私の手を見せながら自分の個性的な線を説明しました。

 

そして、その方と異なって細かい線がたくさんある自分の手をじっと見ました。

 

その方の手にはあまり細かい線はありません。

 

物事を複雑にしているのは自分かもしれない。

 

何でも深く考えすぎてしまうから動けないのかもしれない。

 

もっとシンプルに自分に正直であれば真っ直ぐな生き方が出来るのかなぁと思いました。

 

線が複雑に細かくあればそれは繊細だったり、細かい事に気が付いたり、じっくり考えてから行動する等と言われています。

 

それが決して悪い訳ではありません。

 

誰でにも良い面も個性もある。

 

だから、面白い。

 

そして、これが私だからそれで良いのです。

 

でも、裏を返せば、傷付きやすい、細かい事ばかり気にする、決断力が無い、決断するのが遅いと言う事です。

 

小さな事にくよくよしたり、こだわらずに自分の道を全うする様になったら、この細かい線は消えて行きます。

 

生き方と共に性格が変わって行きます。

 

手相は変わります。

 

自分がどう生きたいのか、どうなって行きたいのかによって変化して行きます。

 

じっと自分の手を見つめてそっと撫でてみたら、私の可能性の線を見つけて、

 

「また明日から頑張って行こう!」

 

と思いました。

 

可能性の線

可能性のある線は、小さな芽の様な物です。

 

大切に大切に育てなければ枯れてしまいます。

 

その栄養は自分自身の心です。

 

自分の心が変わって行けば自ずと手相も変わって行きます。

 

この小さな芽をどう育てて行くかは自分次第です。

 

そして、その可能性の芽は育てようと言う気持ちを持っている人には誰にでもあるけれど、小さくて見えない線なのです。

 

その線がやがて大樹になるお手伝いをする、それが手相家の見えない線を見抜く力です。

 

誰もが一生のうちに一度自分の手相が気になると言います。

 

人生の岐路に立った時、自分の手相と向き合うのもひとつです。

 

自分の手相がどんな手相か知りに行く事は宝の地図を手にした事です。

 

自分の可能性を探しに行きませんか。