アラカルト

稲穂

稲穂の垂れる季節

収穫の秋。

 

この時期お散歩をしていると、黄金色の稲穂が一面キラキラしています。

実るほど頭を垂れる稲穂かな

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」と言うことわざをご存知ですか?

 

この言葉の意味は、「立派な人ほど謙虚な姿勢である」事を表しています。

 

子供達との散歩の時間に成長した稲穂の田んぼ道を通った時にこの言葉が頭に浮かびました。

 

稲が成長すると実を付け、その重みで実(頭)の部分が垂れ下がって来る事から、立派に成長した人間や人格者程、頭の低い謙虚な姿勢であると言う事を指すことわざです。

 

「頭を垂れる」という言葉自体に「相手に敬意を払って自分を謙る」という意味があるので、稲が立派に成長するに従って、稲穂の部分(稲が実を付けている部分)が垂れ下がって来る様子を成長して行く人間に例えています。

読み方

「みのるほど こうべをたれる いなほかな」

 

こうべは「頭」や「首」を意味し、首を垂れて頭を下げるという状態を表しています。

 

「実るほど頭を垂るる稲穂かな」「実るほど頭の下がる稲穂かな」等の細かい部分で表現の異なる言い方もあるそうです。

ヒトとしての在り方

若い緑色の稲は真っ直ぐに天に向かってすくすくと成長し、やがて実を付ける稲穂に成長します。

 

稲穂の中の実(お米)が成長して来ると、その実の重みで自然と稲穂の部分が垂れ下がり美しい黄金色になって行くのです。

 

この成長過程では激しい雨風にさらされたり、寒い日や照り返す様な暑い日が続く事もあります。

 

でも、この季節を乗り越えなければ立派な稲に成長して豊かな実を付ける事は出来ないのです。

 

これを人間に例えたのが「実るほど頭を垂れる稲穂かな」です。

 

若い時には真っ直ぐに上だけを向いて立派に成長し、人生の荒波や苦労を乗り越え、立派な人格を形成したヒトは偉くなればなる程、頭の低い謙虚な姿勢になって行く事を表しています。

 

逆に稲穂の中身が立派なお米に育っておらず、中身がスカスカのお米だった場合には重みがなく軽い稲穂になってしまいます。

 

そんな稲穂は見た目は立派な稲穂に見えますが、穂が垂れる程の重みがなく、頭が下がってはいません。

 

これは、見た目や肩書きは立派でも、中身が伴っていないヒトは虚勢を張って威張るだけで人格者とは程遠いと言う事を表しています。

 

私達の人生は自分の心掛け次第でどうにでも変化して行きます。

 

そして、人間以外のイキモノである動植物さん達から沢山の事を学ぶ事が出来ます。

 

稲穂さんからの恩恵は食だけではありません。

 

風に身を任せるその姿からは癒し。

 

そして、謙虚なココロを稲穂さんは身を持って示してくれているのです。